富田浜駅(関西本線)から散策して、歴史を知る

さて、今回はそっけなさが魅力の富田浜駅(関西本線)から歩き始める散策エピソードです。

滞在時間が短かったこともあり、適当にふらっと歩いて何となく街の雰囲気を味わう散策になりました。でも、三重県ってあまり訪れたことがないのでとても楽しかったです。

では、さっそく行きましょう!

富田浜駅の基本情報おさらい

所在地:三重県四日市市富田浜町20
路線:関西本線(JR東海)
撮影日:2013年3月上旬

前回の駅舎探索編でアップする予定だった写真がアップ漏れしていたので、ここで使いました。うっかり者ですみません。

コンクリート感が前面に出た富田浜駅の駅舎は、人の気配もなく、どこかそっけない雰囲気。でも、そこが魅力と私は感じております。




富田浜駅から適当に歩く

さて、そんな富田浜駅を出発します。駅前にはこの通り、自由奔放に置かれた自転車たちがゴロゴロ…。「まさか、ここに置きっぱなしになっている自転車もいるのでは?」という疑惑もよぎりますが、そこはスルーしておきましょう。

そしてすぐそばには、飛び出し坊やではなく、「手を挙げて交通ルールを守る坊や」がおりました(私が勝手に命名)。私の地元にはこうした坊やシリーズがないので、旅先でのひそかな楽しみになっています。

坊やが居る以外は、ごくごく普通の住宅街です。そして静かです。

しばらく歩くと、遊歩道と小さな公園が見えてきました。

石碑と句碑から富田浜駅周辺の歴史を知る

そして、何やら石碑みたいなものが。昭和の戦前に活躍した、児童文学者の先駆者・巌谷小波のものだそうです。

ちなみに石碑そばにある黒いバッグは私のものではありません。誰かの忘れ物かな?

もうひとつ、石碑を発見。・・・って思いっきり逆行ですがな。7年前の撮影技術が超絶未熟な私によるものなのでお許しください(今もまだまだ未熟ですが)。

こちらの石碑は松尾芭蕉に俳句を学んでいたという其角(きかく)の句碑でした。

以外?な富田浜駅周辺の歴史

句碑をきっかけにいろいろ調べて分かったのですが、駅名にもなってる富田浜海水浴場はかつて、高級別荘地だったそうです。上皇后美智子さまの実家・正田家の別荘もあったのだそう。

かつての富田浜駅は、その海水浴場へアクセスするための駅として夏休みは特に混雑していたとのこと。しかし、1959年の伊勢湾台風の襲来で富田浜の砂浜は消滅(台風で砂浜がなくなるってもの恐ろしい話)。




さらに富田浜跡地の上には国道23号、名四国道が開通。その結果、徐々に利用する人が減り、私が見た静寂漂う今の富田浜駅になったわけです。歴史の移ろいを感じますね。

そして、今回私が見た句碑は、かつて富田浜の美しさに惹きよせられてきた文学者たちの貴重な足跡だったという訳です。

乗り継ぎの事情から富田浜駅の滞在時間は短く、最後は公園を見て散策終了。しかし、遊具のひとつをよく見てみると…。

ブランコがベンチとして再利用されていました。こういうおおらかさ、何か好きです。お友達と対面式におしゃべりできるからベンチとしても有能ですね。

このブランコ、正式には箱ブランコっていうんですね。皆さんご存知でしたか?

そんな箱ブランコ改めベンチを見納めして、再び富田浜駅へ。その後、ホテルを予約してある津へ向かい、この日の旅行は終了したのでした。

次回はどの駅をピックアップするか、はたまた旅実況シリーズを始めるか、現在のところ未定です。お楽しみにしていてください。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

鉄道コム
応援クリックしていただけると嬉しいです!